忘れ難き
母の人生とは一体何だったのだろうか?
毎日悩まされる。
忘れる為かパチンコ屋へ。
母も好きだったパチンコ屋へ。
いっぱい、いっぱい打たせてあげたかったし、実際ギリギリまで打ってたのが忘れられない。
そして今日も負ける俺。
もうパチンコしたくない。
でも母を思い出す度にパチンコが頭に浮かぶ。
やっぱり最終的に、母さんもパチンコも忘れなきゃいけないんだな。
さようなら。
親戚
親戚付き合いはここ20年一切してなかった。
おばにあって、事が一気に進む。
正直いって親戚付き合いしたくない。
人に会いたくないってのが今の本音だ。
母の死をまだ受け入れられていないし、かといって別にメソメソしてるわけじゃない。
複雑な心境だ。
でも母の死を親戚らに知らせない訳にもいかないか…って事でおばとコンタクトをとった訳だが。
色々聞かれて辛いものがある。
母さんが生きてたら親戚関係一切なしだっただろう。
母は親戚付き合いだっ嫌いだったからなぁ。
これから自分にハッパかける為にも、こういうめんどくさい事になれて、積極的行動とれるようになれて行かなきゃならんのだろう。
母の死から…
やっと落ち着いてきたか?
いや、まだまだ引きずる。
2月5日で母が亡くなった。
日記も書く気せんかった。
あの日から18日。
どっか母が旅行にでも行ってる気がしてならない。
葬儀はなし。弟と二人だけの見送りとなった。
死に目に会えたかどうかわからないが、ギリギリで病室に入り目は見開いたまま、呼吸は止まる寸前。
お母さん、ありがとう。
何回か耳元で言った時母の右目から涙のようなものが…
俺の声は最後に届いたのだろうか?
はっきり話したのは前日にお世話になったね、とボソッと呟いたのが最後。
母の遺言みたいなもので、親戚関係には知らせなくていいが、生前の口癖だった。
だからしばらく放っておいた。
だが今日おばに会う事になった。
色々根掘りはほり聞かれるだろうが、答えたくない。
母の存在はデカかった。
弟は案外さっぱりしてやがる、気楽なもんだ。
長男の俺が色々動かなきゃならんのだ。
しかしまだ現実逃避してる自分がいる。
一人で生きていかなきゃならない、弟は当てにならん。
残された命は?
母の容態は1日1日悪化していってるようだ。
痛々しい姿に目を背けたいが、母に会いに来てるんだ!!
どんな姿だってこの目に焼き付ける!!
相変わらず呼吸は苦しそう。そして反応はない。
今朝呼吸が浅くなったので、心拍数の機械を取り付けたらしい。
たまに蒸せって茶色い液体を吐く、胃液と血が混ざったものらしい。
丁度ドクターが来て呼ばれた。
「話しが出来るのは、2、3日だからそのうちにいっぱい話してたほうがいいよ」と。
そして「もって一週間ですよ、おそらく。」
先生に深々頭を下げた。
そして血の気がサァーッと引いた。
先々週まで1人でトイレもお風呂もはいって、ご飯も食べて。
一気に来るとは聞いていたが、現実になると頭がパニックになる。
本当にあれよあれよと何も出来なくなったので、胃ガン末期はこうなのか…と改めて思い知らされる。
願いが一つ叶うなら、元気な頃の母と24時間だけ、楽しく時を過ごしたい。
映画のA.I.のように…